東京地方裁判所 昭和33年(ワ)8685号 判決 1960年9月26日
原告 藤生安太郎
被告 国
訴訟代理人 星智孝 外三名
主文
被告は原告に対し金三〇万円及びこれに対する昭和三三年一一月一六日より支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告の各負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金一、六七〇、二〇〇円及びこれに対する昭和三三年一一月一六日より支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、請求原因として、
一、原告は東京都品川区上大崎二丁目五七三番地に木造瓦葺二階家屋店舗兼居宅一棟建坪三五坪六合六勺、二階二二坪五合の建物(以下本件建物という)を所有し、これを建物内の原告所有の什器備品とともに原告の主宰する訴外国際発明株式会社に賃貸していたが、昭和三三年六月一日訴外会社は原告の承諾を得てさらにこれを右什器備品とともに被告国(現実にはその行政機関である調達庁)に対し賃貸期間は昭和三三年六月一日から昭和三四年三月三一日まで、賃料は一ヵ月金八〇、〇〇〇円の約定で転貸し、その引渡を了した。
二、被告は本件建物の引渡を受けると同時に建物に対し自ら若干の改修を施したが、風呂場の改修工事が甚だ杜撰であつたため、昭和三三年六月二四日調達庁の留守番が風呂をたいた際風呂場から出火し本件建物及び什器備品を焼失した。よつて、転借人たる被告はその責に帰すべき事由により賃貸借の目的物たる本件建物と什器備品とを貸主に返還することを不能ならしめたのであるから、右債務不履行によつて生じた次の損害を直接原告に賠償する責任がある。
三(1)本件建物、什器備品等の価格は金五、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。原告はこれらを訴外住友火災海上保険株式会社に対し金五、〇〇〇、〇〇〇円の火災保険に付したが右保険会社は焼失部分を約八割と査定し、金三、九〇〇、〇〇〇円の保険金を原告に支払つた。しかし残存部分だけでは全く使用に堪えず且つそれを放置しておくことは危険であるので原告は被告の了解を得てこれを取り毀した。原告にとつて本件建物等は全部滅失したも同様であるから建物等の価格金五、〇〇〇、〇〇〇円より支払ずみ保険金三、九〇〇、〇〇〇円を控除した残額金一、一〇〇、〇〇〇円を先ず被告は原告に支払う義務がある。
(2)、原告は本件建物の取毀費用として合計金九〇、二〇〇円を支出したが、これも被告の債務不履行に起因する損害であるから被告は賠償の義務がある。
(3)、本件土地上に原告が建物を再建し、これを使用収益し得るようになるまでには罹災後少くとも六ヶ月の時日を要する。もし火災が生じなければ被告から毎月金八〇、〇〇〇円ずつの賃料が得られた筈であるから昭和三三年七月一日から同年一二月末日までの得べかりし利益の喪失額合計金四八〇、〇〇〇円(賃料相当額)を原告のこうむつた損害として被告は賠償の義務がある。
四、よつて、原告は被告に対し右(1) ないし(3) の合計額金一、六七〇、二〇〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和三三年一一月一六日から支払済まで年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。
と述べた。
<立証 省略>
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因第一項は認める。同第二項中被告が本件建物につき若干の改修を施したこと、及び原告主張の日に本件建物が火災にかかつたこと、転借建物の返還が不能に帰したことは認めるが出火の原因については争う。同第三項(1) 中原告が訴外保険会社から金三、九〇〇、〇〇〇円の保険金を受取つたこと及び原告が本件建物の残存部分を取り毀したことは認めるが、その余の事実は争う。同項(2) および(3) はいずれも争う、同第四項中金一、六五三、〇二五円の限度で原告に損害が生じたことは認めるがそれを超える部分については争うと述べた。
<立証 省略>
理由
一、原告が東京都品川区上大崎二丁目五七三番地に原告主張の本件建物を家屋内の備品とともに所有し、これを訴外国際発明株式会社に賃貸していたこと、原告主張の日原告の承諾を得て本件建物及び什器備品につき右訴外会社と被告との間に原告主張のような賃貸借契約が成立し、その引渡を了したこと、被告が本件建物について若干の改修を施したこと、昭和三三年六月二四日午前一時頃本件建物が火災にかかつたこと、そのために本件建物の返還が不能に帰したことはいずれも当事者間に争いがなく、右火災により建物内の什器備品もまた相当焼失毀損したことは被告の明らかに争わないところである。
訴外会社と被告間の転貸借は賃貸人たる原告の承諾ある適法のものであるから転借人たる被告は賃貸人たる原告に対し直接義務を負うものであり、賃借物返還義務もまた直接原告に対して負うものであるところ、被告は右履行不能が被告の責に帰すべからざる事由によることはなんら主張立証しないから被告の責に帰すべき事由にもとずくものと推認すべきであるが、成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証、証人大塚隆一の証言に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば被告は本件建物の賃貸借契約成立後直ちに自己の責任で内部の改造修理をなし出火当日の昭和三三年六月二四日頃竣工検査を行う予定であつて、出火個所である風呂場も右改修の対象であつたが、前夜右竣工検査前に被告の使用人が風呂をわかしたところその焚口上部モルタル塗仕切壁底部が不完全であつたため風呂桶釜内よりガスバーナーを取出して火を点じ内部に挿入した際焔がモルタル内部の可燃物に着火し、くすぶつた末出火したものであることを認めることができ、右認定をくつがえすべき証拠はない。してみると被告は被告の責に帰すべき事由によつて本件建物及び備品の返還を不能ならしめたものというべきこと明らかであるから、これによつて原告がこうむつた損害を賠償する責任がある。
二、そこで進んでその損害額について検討するに、被告は金一、六五三、〇二五円の限度で原告に損害が生じたことを認めるがそれを超える部分について争うと主張するので以下原告主張の損害額について順次判断する。
(1) 滅失毀損した本件建物及び什器備品の価額相当の損害について
原告が訴外住友火災海上保険株式会社から金三、九〇〇、〇〇〇円の保険金を受取つたこと、及び原告が本件建物の残存部分を取り毀したことは当事者間に争いなく、成立に争いのない甲第三号の一ないし一四、甲第七号証、乙第二第三号証証人鈴木和三郎、同小松文吉、同大石純一、同重野静及び原告本人尋問の結果と本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、本件建物は原告が昭和二三年頃建坪一五坪くらいのものとして建築したものであるがこれを昭和二八年から昭和二九年にかけて数回にわたつて料理屋向きに大規模の増改築をしたことそれについては原告は多額の資金を費し相当知名の士が出入してもはずかしくないよう入念に仕事をし、内部はとくに磨き丸太のなげし、杉皮のあじろ天井等銘木良材を用いて数寄屋風に仕上げ、襖建具の類も十分吟味したものとしたこと、本件出火によつて火元の風呂場、一階客室の八畳、四畳と二階梁及び二階全部等建物の主要部分建坪合計二五坪二合五勺を焼失したほか、火気を免れた部分も消火のため水が侵潤し畳、壁、配線等が使用不能に陥り、又土足にふみにじられて廊下、板の間、フロリング類にふくらみを生じ、建具、天井、水道等も破損汚損し、又所在の家財類もまた焼失、水濡れ、汚損したこと、被告も残存部分では賃貸借の目的たり得ないとして契約の解除を原告に対し申し入れたこと、その後原告が残存部分のとりこわし方を被告に通告したときも被告は異議を述べなかつたことが認められる。
証人斉藤政介と原告本人尋問の結果及びこれらにより真正に成立したと認むべき甲第九号証によれば右保険会社が本件損害を査定するにあたつて委嘱した損害保険料率算定会登録の鑑定人は諸般の事情を勘案して本件建物の損害額を三、〇六六、六五八円、家財の損害額を一、〇九七、〇〇〇円合計金四、一六三、六五八円としていることが明らかである。
以上の諸事実をあわせて考えれば、本件火災によつて滅失毀損した本件建物及び備品の当時の価額は金四、二〇〇、〇〇〇円と認めるのが相当である。成立に争いのない乙第三号証証人小松文吉の証言によれば本件火災につき所轄の消防署はその損害を金一、六五三、〇二五円と査定し、前者と相当の距たりのある安価な評価をしていることが明らかであるが、建物の損害は焼失部分に限られることなく火気を免れた部分も消火用水が侵潤し破損、濡汚損した部分もあるのに右査定額にはこれを含まないこと明らかであり(もつとも消防署はこれを消火損害として四三九、七四八円と計上している)、又本件建物の主要部分と認められる客室等の部分について大改造が加えられたこと前記認定のとおりであるが消防署は残存部分から判断して再建価格を坪当四五、〇〇〇と算定しこれから一〇年経過と見て減価率一三パーセントを控除した四〇、九〇〇円をその評価の基礎としていること明らかであるけれども、再建単価を四五、〇〇〇円とすることが低きに失するほか、主たる造改築が昭和二八年から二九年にかけてであることを考慮せず、一律に昭和二三年建築にかかるものとしている点で相当でないから、消防署の右査定の結果は採用しない。証人大塚隆一の証言及びこれにより成立を認めるべき乙第一号証によれば火災直後訴外二豊建設工業株式会社は焼失部分の復旧工事費として金一、一〇七、〇〇〇円を見積つているが、附帯工事費や備品費を含まないのみでなく、同会社は右火災の直前本件建物の改修工事を担当したものであることを考えれば、右見積りは不当に低いものと思われ、採用に値しない。その他に右認定をくつがえすべき的確な証拠はない。さすれば前記認定の物件の価額金四、二〇〇、〇〇〇円は被告の履行不能により原告について生じた通常生ずべき損害であり、原告は履行に代る損害賠償として被告に対し右金額を請求し得べきものであるが、原告はすでに保険会社より保険金三、九〇〇、〇〇〇円の支払をうけているので被告はそれを控除した残額三〇〇、〇〇〇円につき賠償の責任があること明らかである。
(2) 取毀毀し費用としての損害について、
原告は被告の了解を得て、本件建物を取り毀し、その取り毀し費用が金八〇、〇〇〇円余であつたからこれも被告の債務不履行による損害であると主張するが、前記(1) の填補賠償は右火災によつて直接生じた損害を回復せしめるに足りる金額を賠償するにあるから、たとえ再建のため取り毀し費用を要するとしてもこれを別途に請求することはできないといわねばならない。よつてこの点に対する原告の主張はそれ自体失当で採用することはできない。
(3) 再建のために要する期間内の得べかりし利益喪失による損害について、
原告は本件建物は全部再建を要する状態となつたところ、その再建のためには少くとも六ヵ月間を要するから、右期間内の賃料相当の得べかりし利益の喪失合計四八万円もまたその損害であると主張する。しかし本件建物が全部再建を要する状態であるかどうかはともかくとして、その建物等の滅失毀損による損害として前に認定した金額は滅失毀損による当時の物の交換価格の全部であるが、この価格は当然その事故なかりせばその通常使用によつて得べかりし将来の利益を包含すること明らかであり、このような使用収益による利益を得べきものであることがひつきようその物の現在の価格を形成するものである。この故に原告の主張する再建のための六ヵ月間の使用利益といつても要するに右火災により滅失毀損した物の価額に包含さるべき将来の使用利益であることは明らかである。従つて前記のような填補賠償の外にこれを求める原告の主張は主張自体失当というべきである。
三、以上により原告の本訴請求は前記(1) の金三〇〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三三年一一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用し、なお仮執行の宣言については相当でないからこれをしないこととして、主文のとおり判決する。
(裁判官 浅沼武)